インダス文明 - 高度な都市国家
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| 今から約4千500年前、ヒマラヤからの雪解け水が、豊富に流れるインダス川流域に、インダス文明は起きた。今の国で言えば、パキスタンである。肥沃な平野には、麦が栽培され、水牛が農作業に貢献した。この地域で出土された土器には、必ず角が描かれている。水牛への依存度が如何に高かったか、また、家族の一員のように大事にされたかが、容易に理解できる。きっと、インダス文明の時代には、水牛を守護神と崇め、生活の中で神聖視したのではないかと思う。 |
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| インダス文明は、メソポタミア文明より、ほぼ5百年遅れて発達した。発達過程で、高度な都市計画の技術が生まれ、都市が幾つか出来、村落がその周辺に多く出来た。インダス川とその支流が、ハイウェーの役をして、各都市や村落を密接に繋いだ。時に思うことだが、古代四大文明発祥の地、エジプト、メソポタミア、インダス、黄河と、どれを取っても、間断なく発達し続けた訳ではない。日本の現在に生きていて、それを思う。人間の寿命というスパンは、長い人類の歴史から見れば、一瞬でしかない。歴史は、悠久で潮の満ち引きのように、発達の後に退廃が、退廃の後に復興がある。そのスパンは、1人の人生のそれとは、比べ物にならない。何世代に渡って、発展し続ける時もあれば、何世代に渡って、退廃し続ける時もある。それは、戦争や侵略者による破壊行為であったり、或いは、人間の尊大さや、過ちで知らずに破壊行為を犯してしまう場合である。歴史は、悠々と流れ、これを繰り返している。 |
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インダス文明の古代都市と言えば、モヘンジョダロとハラッパーの2つが、辛うじて遺跡として残っている。高度に計画された都市は、碁盤目状に街並みが造られ、上下水道を施し、全てがレンガで築かれている。インダス川下流に近いモヘンジョダロは、かなりの部分が残っているが、インダス川上流のハラッパーの原形は、ほとんど破壊されている。聞く所によると、19世紀に、鉄道工事を行う際に、このレンガを持って行ったとか。2つの都市とも、20世紀になって、考古学者が発掘を開始して分かったもの。保存状態が比較的良いモヘンジョダロは、1980年にユネスコの世界遺産にも登録された。毎年、世界中から多くの考古ファン、観光客が訪れ、4〜5千年前に思いを馳せる。 |
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モヘンジョダロの大沐浴場跡 |
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ハラッパー遺跡 |
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| 他の古代文明の地と大きく異なる点は、これらの都市に、王や権力者の宮殿とか、神殿、墳墓がない所。また、沐浴場があり、市民に身分の上下や差別があったようには、あまり感じ取れない。4千年以上も前に、現在に近い都市環境と社会が存在していたとは、本当に驚く。一方、この文明は、なぜ衰退し、滅びたかが疑問に残る。モヘンジョダロもハラッパーも、周りが半ば砂漠化している。レンガ造りの都市が、あちこち存在した頃、レンガを製造するのに、木材が必要で、森林をを大量に伐採したはずである。森を破壊し、自然を破壊したのではないか。人間の文明が、自然を破壊し、破壊された自然が、人間に富や恵みを与えなくなったのではなかろうか。そして、文明は滅びた。1つの仮説である。 |
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| 一方、これ程までに高度な発達した計画都市を作れる知恵や能力は、どうしてあったのか。その疑問を解くカギが、最近になって言われているトランス・エラム文明の存在である。これは、今のイラン高原にあったとするアラッタ国の文明のこと。2001年に、ジロフトという地で、クロライト(緑泥石:chlorite)の出土品が見つかった。クロライトは、アラッタ国の特産で、クロライトを使ったクロライト製品は、容器や装飾品に使われた。紀元前2千から3千年頃の青銅器時代に重宝がられ、先進のメソポタミアとの間で、農産物と交換で貿易に使われた。そして、モヘンジョダロ遺跡の地下からも、クロライト製の出土品が見つかった。これから、インダス文明の都市国家は、トランス・エラム文明を経由して、メソポタミアの先進技術が築いたとする。この説の可能性は、高い。これからの調査に期待が集まる。 |